鳳啓助師匠。懐かしいですね。
啓助師匠は元は関西の剣劇一座の裏方だった方で、
ここに女優に憧れてやってきた京唄子と出会い、
きっと大女優にしてやるとコンビを結成、
私生活でも夫婦となります。
そして各地を巡業して回っていた1962年、
演出・脚本家で後に「マンザイ太閤記」の
監督などもつとめる沢田隆治氏に認められ、
当時氏が手がけていた朝日放送の「てなもんや三度笠」に出演。
ここで一躍脚光を浴びて、本格的に「唄子啓助」として
売り出すことになります。
このコンビでの啓助師匠は終始ボケ側で、
カカア天下の唄子師匠にツッコミまくられる役回りでしたが、
他の夫婦漫才になかったこのお二人の特徴は、
啓助師匠の際だつ多様な才能でした。
先に啓助師匠は剣劇一座の裏方だったと書きましたが、
実際は頭取兼作家兼タレント兼殺陣師・・・・
といった多芸多才ぶりを発揮していた方で、
後には唄啓劇団を旗揚げし、”志織慶太”名で
劇作家として多数の芝居の脚本も執筆しています。
「ポテチン」は、そんな啓助師匠の独特の文才と、
そして殺陣師の経歴からくる軽い身のこなし。
そんなものが相乗効果を織りなして、
タイミングとノリで笑いを誘う上方ギャグ特有のパターンから
自然発生的に生まれてきたもののようです。
そんなわけで、特に言葉に意味があったり
何らかの語源があるものではないようですが、
ご参考に、日本テレビ系列の芸人さんトーク番組「いろもん」で、
唄子師匠みずから「ポテチン」のそもそもに言及した部分をご紹介しておきます。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hinden/dic/oosaka.htm
大阪用語の基礎知識 / 名古屋用語の基礎知識
> ぽてちん (感)鳳啓介が京唄子に怒られてショボクレる時に発するギャグ。
> その昔、大阪に鳳啓介がやっていた焼肉屋があって、「入ろ。入ろ。」と
> ねだっても親は「アカン」と言い、私は「ポテチン…」とうなだれるのだった。
はは...なかなかたのしですね.
ありがとうございました.
ありがとうございます.経緯など良く分かりました.特別な語源ではなく,鳳啓助師匠の天才的な感覚によって作られた造語という事なのでしょうね.