異星人「私達の星の宗教と比較すると地球の宗教に大きな疑問を持っている。どうして、地球の宗教はこのようになったのか知りたい」という場合。
●地球の宗教の発生原因
●地球の宗教の教えの主な内容
●一般的感覚から見ると何してるんだと思われる修行内容の際立ったものをあげて下さい。
(例:○○教には、数人に殴られて、「貴方方をお恨み致しません。感謝します。」「何、馬鹿なこと言ってるんだ。もう一回殴ってやる。」 という事を繰り返す修行があります。)
●宗教各派には、TOP層に際立った人物がいるのでしょうか?その人物の人格の内容と、その人格になった原因を客観的に説明して下さい。
以上、宜しくお願い申し上げます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Special:Search?search=%s
検索 - Wikipedia
自然の脅威に対しての魂の救済(心の安寧)・
生活上での教訓を織り交ぜた互助団体的な物に強制力を持たした。
インドのジャイナ教徒は小さい虫を踏み潰さないように常に道を掃きながら歩く。
そして虫を吸い込んだり、服に入れないように一昔前のパナウェーブのような格好をしてる。
それで小さな虫でも殺したら、鞭打ちみたいな刑があるとか。
今のローマ法皇ですが、元ナチスの親衛隊出身です。(公式文書では、父親に無理やり入れられた)
まぁ、バチカンは大戦中ナチに協力してたのである意味無問題?
Yahoo! UK & Ireland
個別な宗教についてではないのですが、全体的に大雑把な個人的理解です。
発生原因:
根本的に解決不可能な問題(死/苦しみ)の解決・不可知な物事(死んだらどうなるの?)説明不可能なこと(神秘)に関する説明を得るために地球人が考えだした。ある種の慰めを得るため。あと、指導者的な立場の人間にとって、宗教を利用すると人民の支配に都合がよい。
教えの主な内容:
死後にも何らかの生がある。
天国と地獄の存在、アメと鞭。
慰めはあるが、地獄は同時に逆に恐怖もあおっていますよね。
修行内容:
指導者とmake loveする、というのを信者に課した宗教がありましたよね。
・際立った人物
ブッダ:裕福な王族として幸せに育ったのですが、生/死/老い/病の苦しみの存在を見て取り、その解決を得たいと考えました。
ありがとうございます。
http://www.melma.com/mag/76/m00001576/a00000130.html
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一度の質問でずいぶん欲張りなさってますね。一個一個がとても容量の大きい内容質問ですよ。
上の参照URLは「人間原理の宇宙論」を説明した記事です。
1).
まず、「地球外知的生命体」と地球人との「神の概念」がどう違って“きうるのか”を想定しなくてはいけません。
つまり地球人の発想の外にある「神」の概念の可能性を練らねばならないことになります。
↑これは矛盾してますね。しかし考え出すと面白いネタですが。
「異星人」と言い出すと、それは地球人の似姿を想定した地球人本位な発想、という感じがします。
二足歩行で、雄と雌の2種類が生殖して、DNAがあって、という。
↑これら生物的条件が他の惑星系や銀河系でも起こりうるとは限りません。
地球でも北極圏と赤道上の生態系はまるで違ってくるのだし、東京都から長野県へ移動するだけでも生物学的条件は変化します。まして宇宙においてや。
ちなみに「2001年宇宙の旅」で書かれた地球外知的生命体のモノリスはただの真っ黒な直方体でしたね。
地球外知的生命体の可能性を科学者が科学的に議論する時、「人間原理の宇宙論」というのですが、
そういった中で、例えば、モノリスのように何十億体分の知性が一つに融合して、それぞれでは個別な身体を持つのはやめて、「知性のみで存在する巨大な生命体」という進化形がとられていく、なんて究極的な話もまじめに出されます。(もちろんただの憶測の範囲ですが)
宇宙人というのは、実際はおよそ地球人の想像力からかけ離れた生命体かも知れませんよ、ということです。
たかが地球人の想像ごときで分かっちゃえるようであって欲しくない、もっと世界(:宇宙)は想像を超えたものであって欲しい、
これはたかがわたしごときの個人的な希望ですが。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062110806/hatena-q-22
Amazon.co.jp: 事典 哲学の木: 永井 均, 小林 康夫, 大澤 真幸, 山本 ひろ子, 中島 隆博, 中島 義道, 河本 英夫: 本
●地球の宗教の発生原因について
かつてジョルジョ・バタイユという哲学者が「原初の宗教とはどうであったか」を扱ったのですが、そこで「宗教の理論」という本があるのですが、
別に難しくなくてごく読みやすい本なんですが、
上のアマゾンURLの「哲学の木」という事典での『聖なるもの』の項目で書かれた概要の方が、「宗教の理論」よりも読み物として面白かったりします。(わたしにとっては)
それと重要なのはラカン派の仕事ですね。
これらで考える宗教発生原因としては、
「言葉を持つようになったから。それによって人間は言葉で思考するようになったから。」
ということになると思います。ちなみに地球上で宗教を持つようになったのは、クロマニヨン人とかネアンデルタール人から、ですね。この根拠となっているのは、彼等が仲間を「埋葬」していたからです。
ラカン派によれば、これまで人類が宗教を持たざるを得なかったのは
「人類の実存が抱え込んだ一種の病理である」ということです。
ラカン派によるおおまかな説明は、スペース上の問題で、下の二件の過去質問での回答を参考にして下さい。
http://www.hatena.ne.jp/1098857553#a22
反論をお願いします。生命(ヒト)は遺伝情報に基いて生きているのだから、結局は世代を超えて伝わる情報なのでは?(イノセンス?)と友人に言ったら意思を持っているから情報.. - 人力検索はてな
http://www.hatena.ne.jp/1120917375#a13
もし言葉がなければ、人間が不安を感じることもない。だから宗教はすべて不要となる。この認識で正しいでしょうか - 人力検索はてな
またバタイユによりますと、
言葉で万物を認識する人類にとって、牛も麦も土も天候も水も魚も「有用性」つまり、自分らの道具のように捉えているとまず指摘。(でも人間やめないと人間はそこから逃れることはできません)
ところが、死や落雷や大きな地震や火山噴火等、人間にとって「有用性」の観点からすれば「まるで無為にしてしまう」、めちゃくちゃ「無益な破壊」が自然現象で度々おこります。
そんな「無益な破壊」というのが、人間にとっては自分らの認識を超えた「超越的な何か」として大きなショックを与えられます。
その「超越的な破壊」を「聖なるもの」として「祀る」ようになると。
ごく大雑把にまとめれば、「有用か否か」とは、自分らにとって「(いずれ)役に立つかどうか」という観点に過ぎませんね。
そういう観点では決して捉えられない「完全に無益な何か」を「聖なるもの」として祀るようになった、ということです。
●地球の宗教の教えの主な内容
宗教社会学では4つの類型に区分し説明されています。
上のURLの「3.宗教の分類(宗教類型)」を参照にして下さい。
3つ目は飛ばします。すみません。よく知りません。
森達也公式サイト
●宗教各派には、TOP層に際立った人物がいるのでしょうか?
日本のドキュメンタリー映画「A」を御覧になりましたか?
オウム真理教(現・アーレフ)を長期取材した映画です。これは必見です。
オウムの上層含め信者はなぜ、オウム真理教をまだ信奉するのか、
世間的には異様でかなりズレてますが、わたしはこの映画で納得しました。主に取材を受けた幹部らの印象からですが、宗教者としては当たり前な姿勢であると思いました。(宗教的姿勢のみでいえば、です)
これは「偶像崇拝はしてはならない」という、普遍宗教の原則が彼等の中にもあるからです。(先の「3.宗教の分類(宗教類型)」をもう一度参照して下さい)
その原則従えば、たとえ今の麻原師が小便たれでも白痴みたいでも、かつて何人婚外子を作ってたとしても、
「じゃあ、もう信奉できない」とすれば、その人は単なる「偶像崇拝」的信者でしかない、ということになります。
教祖が美しいからご利益があるから
その教えを信奉する、としてしまえば、それはただの偶像崇拝です。
それなら「有用かどうか」という世間的な感覚の外に出るものではありません。
非常に丁寧な説明ありがとうございました。大変参考になります。
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真言密教からすると、地球の宗教の発生原因という考え方はなじまない。密教では宇宙全体が仏の営みであるから、地球の宗教の発生も仏の営みの一部であり、それ単独の原因は特定しづらい。
また、異星人の視点から地球の宗教を見ているが、異星人もまた仏の営みの一部であるから、地球の宗教と異星人の宗教には本質的な違いはない。
ありがとうございます。参考にさせていただきます。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%c0%b1%a4%f2%b7%d1%a4%b0%a4%e2%a4%...
星を継ぐものとは - はてなダイアリー
本来宗教は発生しないんですが、悪い宇宙人に洗脳されちゃいました。
ご回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。
釧路キリスト福音館★プロテスタント(単立・福音派)の教会です★
キリストが生まれ人類+1の人種だっため
特殊な能力をもちその力に恐れた。そして一部の人間が彼を殺したことで、その後悔をするためキリストを神と同等な立場に持ち上げそれを利用し金集めをすることを思いついた人がキリスト教を作った。地球のいたるところにそのような伝説がありまとめて救世主とか神様とか言って人々の不安や恐れを解消する道具として宗教が生まれました。そして現在そのような形で教会がつくられ人々は心の平安を願うようになった。
ご回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。
http://www.hatena.ne.jp/1122652977#
人力検索はてな - 地球の宗教の総論について。 異星人「私達の星の宗教と比較すると地球の宗教に大きな疑問を持っている。どうして、地球の宗教はこのようになったのか知りたい」という場合..
・宗教発生の原因
宇宙規模で「宗教」を議論するには、その定義は今地球上で宗教と呼ばれている様式を分類して得られたものを基にしては語れない。と私は考えている。
・地球の宗教
脳の基本的原始的な部分は「は虫類」以前から共有している。動物の子供を共にカワイイと感じるのはその一因でしょう。私は動物にも宗教と呼べるものが定義できると考えている。
宗教を例えば「記憶を持ち得る者が、その記憶を基に行動を決定する行為」とすれば、単細胞生物まで「地球の宗教」を辿れるかも知れない。ここに遺伝的記憶と後天的記憶の飛躍があるが、その関係を無視して、今の人間の宗教も成立し得ない。と逆に考える。
宇宙は、一見インフレーション理論を無視して高分子を形成した。部分的な細密化が全体としての混沌化を招くようになっている。この高分子化は偶然の偏りを基して形式化し、より複雑化の道を辿っているのだとしたら、宇宙規模で同じであるとは言えない。存在する高分子とその存在比率の違いが、異なる生命の誕生の基となっていれば、そこから誕生する生命の基本は我々の宇宙との間に根元的な違いがある…と言えるはず。そこから「地球の宗教らしさ」が議論できるかも知れない。
もちろん、生命の基礎となるタンパク質が外宇宙から飛来したと考える立場もあるのだが。
・一般的感覚からすると
その程度の議論では、「宇宙規模の宗教」の議論には成り得ていない。と考えます。
・各宗派には
人間を基にした人間の多様性の話であって…以下略
ご回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jasrs/
「宗教と社会」学会
URLはダミーです。
●地球の宗教の発生原因
(い:異星人)「地球の宗教は、どれも人間の救済を目的としているようだが、われわれのような人間以外の生命体は救済の対象とはならないのかね?」
(ち:地球人)「そうですね。大乗仏教など、一部の宗教には、生命一般を等価なものとして考える思想がないわけではありませんが、地球上の宗教の多くは、人間を問題にしています。少なくとも、歴史的にそうであったと言えると思います。」
(い)「なぜ、地球上の宗教は、そのような偏狭な思想になってしまったのであろうか。」
(ち)「私たち人類にとって、この地上は、必ずしも楽園ではありませんでした。我々、人類は、長い間、自然の脅威にさらされてきました。ギリシャ神話とギリシャ哲学は、自然支配(理解)という目的において一つであったという見方があります。私は、古代ギリシャに限らず、自然支配は、地球上の宗教の存在理由の一つであったと思います。」
●地球の宗教の教えの主な内容
(い)「なるほど、そのように考えると、地球上の宗教の多くが、人間と自然、人間とそれをとりまく環境というような2項対立的な構造を持っていることも、理由のあることのように思われるな。しかし、キリスト教のような一神教における救済論は、もっと形而上学的な内容をもっているようにも思われるが、その点はどうなのだ?」
(ち)「そうですね。私自身は、死後救済とか、絶対知という概念が、そもそも多分に西洋的であると考えています。ですから、かならずしも、このような言語で、地球上の宗教一般について論じることが適切だとは思いません。」
(い)「なるほど。」
(ち)「私は、結局のところ、宗教一般について、その特徴を論じることは、何をもって『宗教』とするかという定義の問題になってしまうと思います。つまりは、そのような議論は、同義反復に陥っている危険性があるように思います。」
(い)「では、どのように考えるべきだと言うのかね。」
(ち)「少なくとも、実体的に観察する限り、宗教というのは、多分に言語依存的な活動です。つまり、そこから、言語への相対性を捨象することは、きわめて困難であると、私は考えます。それぞれの宗教は、あくまで、それぞれの言語世界に限定された個別の存在として、その社会的、歴史的文脈の中で、考察されるべきだと考えます。」
●一般的感覚から見ると何してるんだと思われる修行内容の際立ったものをあげて下さい。
(い)「そういえば、お前たちは、変わった修行をしているようだな。あれは外交問題にもなっているそうじゃないか。」
(ち)「何のことでしょうか。私は、特に変わったことをしているつもりはないのですが?」
(い)「誰も居ないところで、大きな鈴を鳴らして、木箱に金を入れ、手を打ち鳴らして、頭を下げる。あれは何という修行だ?」
(ち)「なるほど、自分には何か神通力のようなものがあると、いくばくかの期待をしているとすれば、あれも修行と言えるのかも知れませんね。やはり自分のこととなると、気が付かないものです。」
なんちって。こんなんじゃダメでしょうか?
ご回答ありがとうございます。参考にさせていただきます。
>小さな虫でも殺したら、鞭打ちみたいな刑があるとか
大変ですね