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franz-luis
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従順子ども時代を過ごしたとある大学法学徒です。

Self introduction

従順子ども時代を過ごしました。


従う合理性を探し、見つけた合理性を嫌いました。


反抗することには、軽蔑と同時に憧憬がありました。


言いたいことが言えることを羨ましがり、お決まりの反論を受ける姿を軽蔑していました。


しかし、合理的だと考えた「従う」ことは、相手との心を、それ以上離すこととも、それ以上近づけることもありませんでした。


河合隼雄さんの本に、こんな一説があります。


子どもは成長してゆくとき、時にその成長のカーブが急上昇するとき、自分でもおさえ切れない不可解な力が湧きあがってくるのを感じる。


それを何でもいいからぶっつけてみて、ぶつかった衝撃の中で、自らの存在を確かめてみるようなところがある。


そのとき子どもがぶつかってゆく第一の壁として、親というものがある。


私にも壁はありました。


しかし、壁に不条理を見つけて以来、その壁に立ち向かうことをやめました。


私は、争いも、理不尽なことも、嫌いでした。


抗うも従わされる不条理を恐れ、不条理を理解していることで自分の不満を慰め、言われるがままに従うことを選びました。


目の前にあるその壁を超えることではなく、それが壁ではなく柵に過ぎないと認識できるときまで、ずっと待つことを選びました。


さしあたっては、何も起こらなければそれでいいと考え、その煩わしさから逃げ続けました。


年を重ねれば、成長すれば、きっと、その壁など跨いで渡れるものだと。


引用句に戻りますと、私は、ぶつかった衝撃ではなく、ぶつかると起こる衝撃を予想し、それによって自己存在を確かめていました。


これが、私の反抗期でした。



思えば、その頃から、自分を見る他人を通して自分を見ていました。


ずっと人の目を気にして生活していました。


人の目を気にしているからこそ、心のよりどころが欲しくて、自分の行動を理論で武装して生き続けました。


服従する限り、私の行動は思い通りにはなりませんでした。


しかし、私が自分なりの正しさを認識するという内面は自由でした。


つまり、


自分が正しいと思うことをすること。


もしくは、自分の行動が正しくないということを知りながら、合理性の名の下、敢えて服従しているということを認識すること。


これが、私の心のよりどころであり、誇りでした。


そのため、その誇りを犯す、正当な批判を、何よりも恐れていました。


  • 『前向きに悩む』

その恐怖から逃れるため、ひとりでよく考え、そしてよく悩みました。


私の中で、前に進むためには、悩むことは必須でした。


悩んだ結果、単なる後悔や現実逃避もありましたが、困難や失敗から何を学べばいいかということや、それをこれからどう生かせばいいか、そういった指針をもらいました。


重要なことは、未来ベクトルを向けられているかどうか、いつもそれを頭において悩み続けました。


悩むのはよくないと聞きますが、私は悩んでいる自分が嫌いではありませんでした。


よくないのは、自暴自棄になったりとか、他の人から理解されなくてもいいとか強がったりすることだと思いました。


私も自己嫌悪に陥いることはよくありました。


ただ、自己嫌悪のままそこで思考を停止して、本当に自分を嫌いになったことはありませんでした。


小さなことでも悩む分、行動力がないという批判も受けました。


ただ、普段から小さな壁を乗り越えていこうとしている分、きっと大きな壁も同じように頑張って取り組んでいけるんだと自分に言い聞かせました。


こうやって、私は自分の心を守る術を身につけていきました。



しかし、この理論で守られた行動は、みんなと完全に同調することはありませんでした。


正当な批判を恐れる私にとって、みんなに理解されることより、自分の心に従うことが重要でした。


理解されないことを嘆くのではなく、みんなが同じ考えを持たなくてもいいんだと考えました。


それは、否定的な意味では、無関心で、肯定的な意味でも、個人主義でした。


このような個人主義は、周囲に冷たく映ることを知りながらも、私の中から消えることはありませんでした。


勿論、全員に理解されることを望まないまでも、私は少なからず自分が理解されることを求めました。


それは、多数派に回らない仲間たちの中で、叶い続けました。


しかし、多くの人に対し、私の心は、閉ざされたままだったのです。


そして、ひとを警戒することも体に染み付いてしまいました。


警戒心は、やがて心のバリアーとなりました。


特に、初対面の人への防御璧は、内なる攻撃性すら醸し出すようになりました。


これが、私が醸し出し続けた「特異性」の正体のようです。



そんな私も大学に入り、今度は子どもたちと接する立場になりました。


こう自分を振り返ってみると、自分の接してきた子どもはどうなのだろうかと、ふと考えました。


もし自分が親だったらどういう子どもに育って欲しいのか、とも思いました。


自分の言うことを聞いてくれると、確かにうれしいです。


しかし、自分子ども時代を思うと、彼らにとってそれが一番なのだろうかと思うのです。


従順子どもにも、反抗への願望はあります。


ただ、彼らは自分の納得のできる反抗の仕方を知りません。


そんなことを、大学に入り自由をもらい、その自由を持て余した自分と比べながら思いました。


きっと、何かをしたからではなく、私であるから。


私の行動ではなく、私の存在を認めて欲しかったんだと思います。


初めてこう自分内面を書いてみたのですが、わりと心がすっきりして私本人としては満足でした。


こう分析しますと、やはり必要以上にバリアーを張ることはよくないですね。


他の人を理解するためにも、自分を理解してもらうためにも、自分が心を開かなければ、変われません。


心を開くこと。


これが、私のとっての、最大の課題のようです。


まぁ、心も頭も子どもだと思っちゃいますよねww


あっ、言うまでもなく、



の文体に影響を受けました。